*********** 第5回 電線編 ***********
今回は赴きを変えて電線の話ですが、オーディオにとって無縁ではなく、基本的で大切なことです。
電気回路は電気を通すための電線(導体)と電気を通さないようにする絶縁物の集合体で、その中にトランジスタ、真空管等能動素子やダイオード、サーミスタなど非線型素子が点在しているというのが実体です。
電子回路の導体にはほとんど銅線が使われています。銅は比較的安価な上に、電気を通しやすいからです。長さL(m)、断面積S(m2)の物体の電気抵抗R(Ω)は、R =ρL/S(Ω)で求められ、ρ(Ωm)を体積抵抗率(比抵抗)といいます。ρは物質の種類によって決まり、小さいほど抵抗が少なく電気を通しやすいということになります。ρが最も小さいのは銀(1.62×10−8)で、銅(1.72×10−8)、金(2.4×10−8)、アルミ(2.75×10−8)と続きます。ピンコード、スピーカーターミナルなどが金メッキされているので、金が一番よく通ると思っている人がいますがそうではありません。金は表面が酸化しにくく相手とよくなじむため、接触抵抗が少ない状態を長く保てるから、体積抵抗率が銅より大きいのは承知の上で使われているのです。
ところで、先ほどの、R =ρL/S(Ω)という抵抗の計算式で簡単に抵抗値が求められるのは、直流を流したときの話です。断面積S(m2)の銅線に直流I(A)を流した場合には、銅線の中心部であろうと外周に近いところであろうと、電流は均一に流れます。つまり、単位断面積を通過する電流の大きさ、すなわち、電流密度J =I/S(A/m2)はどこをとっても同じです。ところが、交流の場合は話がややこしくなります。交流の周波数が高くなるにつれて電流は導体(銅)の奥にもぐり込めなくなり、電流密度Jが深くなるにつれて小さくなります。この「表皮効果」(Skin Effect)といわれる現象は、電気屋ならば皆知っている筈です。表皮効果の目安として用いられるのが、「表皮の深さ」(Skin Depth)といわれる量で、この値より十分厚い導体の場合には、導体表面から表皮の深さまでの導体に、全電流の63.2%が流れます。導体が銅の場合は、この表皮の深さδは、δ =0.066/√f(m)(f:周波数)で求められ、この値は、1kHzで2.1mm、10kHzではなんと0.66mm になってしまいます。これで、ど太いスピーカーコードが高い周波数では何の役にも立っていないことがわかります。中心部にほとんど電流が流れないのですから、中空のパイプでも同じことです。さらに不味いことに、電流の位相も深くなるほど遅れます。表皮の深さのところですでに1ラジアン=57.3°遅れています。
何年も前のことですが、電線会社に頼まれて試作OFCケーブルのテストに付き合ったことがあります。会社に電線の差が分かるほどのシステムが無かったので手を貸してあげたのです。ある程度以上のケーブル同士では、その差はなかなか判別し難いというのが本当のところだと思います。ケーブルを取り替えたときの音の変化よりも、アンプ、スピーカーのウオーミングアップによる音の変化のほうが大きいと思われることもしばしばありました。オーディオ雑誌に写真入で紹介されていたマニアのマルチアンプシステムで、部屋中大蛇がとぐろを巻いているようなケーブルの山を見たことがあります。メータ何万円もするようなケーブルを買って、アンプ、スピーカーよりもケーブルの方が高くついたなんていうのは、趣味の領域のことで本人の勝手ですが、滑稽としか言いようがありません。
電線にはこの表皮効果以外にも電気屋なら誰でも知っているノウハウがあります。電線を1本張って電流を流せば必ずそのまわりに磁界ができます。磁界ができるということはインダクタンスがあるということで、交流に対しては、周波数に比例して電気を通りにくくし、位相を遅らせる働きがあります。ところが、往復の線を2本纏めて密着させれば、行き帰りの電流の磁界が打ち消されてインダクタンスはほとんどなくなってしまいます。トゥイストペアーという、往復の銅線を軽く撚り合わせて使い、他の線路との干渉を防ぐ手法は古くから用いられています。これで確かにインダクタンスは少なくなりますが、導線同士が隣接するので線間容量は逆に大きくなります。
この他にも、同じ方向に流れる電流の間には引力が、反対方向では斥力が働き、導線の振動の原因になると気にする人もいますが、それがどの程度まで音に影響するのか確かめておりません。
この回の終わりに言いたいこと。電線の影響について侃侃諤諤やっているより、まず、パワーアンプをスピーカーの近くに持っていくことをお薦めします。どんなにいいケーブルを使っても、無いときより良くはならないのですから。